「2025年の崖」はどうなった?2026年のいま振り返る現実とエンジニアの所感

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経済産業省が2018年のDXレポートで警告した「2025年の崖」。年間で最大12兆円もの経済損失が生じるとされ、当時はIT業界だけでなく経営層までを巻き込む大きな話題になりました。その2025年を通り過ぎた2026年のいま、崖は本当に訪れたのでしょうか。それとも、ただの脅し文句だったのでしょうか。
この記事では、「2025年の崖」がその後どうなったのかを、公表されているデータや実際に起きた事例をもとに振り返ります。あわせて、現役でシステムに関わる立場から見た所感と、情シス担当や経営がいま取るべき対応も整理します。結論を先にお伝えすると、崖は「派手に崩落した」わけではありませんが、「警告が外れて何も起きなかった」わけでもありません。実態はもう少し厄介な形で進行しています。
そもそも「2025年の崖」とは何だったのか
「2025年の崖」は、経済産業省が2018年9月に公表した「DXレポート」のなかで示された言葉です。日本企業の多くが抱える老朽化・複雑化・ブラックボックス化した既存システム(レガシーシステム)をそのまま放置した場合、2025年以降に大きな問題が顕在化するという警告でした。
レポートが示した見立ては、おおむね次のようなものです。
- 多くの基幹システムが老朽化し、構築した当時を知るベテラン技術者が定年退職でいなくなる
- システムの中身が誰にも分からなくなり、改修も刷新もできなくなる
- 維持管理にコストと人材を取られ、新しいデジタル投資に資金も人も回せなくなる
- その結果、2025年以降に最大で年間12兆円規模の経済損失が生じる可能性がある
この「崖」というネーミングが強烈だったため、言葉だけが独り歩きした面もあります。まずは、よく混同される論点を先に整理しておきます。
なぜ「2025年」が節目とされたのか
2025年という年が選ばれたのには、いくつかの重なりがありました。基幹システムに広く使われていたソフトウェアのサポート終了時期が2025年前後に集中していたこと、1970年代から1980年代に構築された大型システムが軒並み老朽化のピークを迎えること、そしてその世代を支えてきた技術者が大量に引退する時期と重なること。これらが同じ時期に来るため、「2025年あたりで一気に問題が噴き出す」と見立てられたわけです。
「2025年問題」「2027年問題」との違い
検索でもよく混同されるのが、似たような言葉との違いです。整理すると次のようになります。
| 呼び方 | 主に指している内容 |
|---|---|
| 2025年の崖 | 経産省DXレポートが示した、レガシーシステム放置による経済損失リスク全般を指す言葉 |
| 2025年問題 | 団塊の世代が全員75歳以上になり、社会保障や労働力に影響が出るという人口動態の話。ITの文脈とは本来別 |
| SAP2027年問題 | 基幹システムで広く使われるSAP ERP(ECC)の標準保守が2027年末に終了する問題。もとは2025年問題と呼ばれていた |
つまり「2025年の崖」は概念的なスローガンであり、その中身を構成する具体的な期限の一つがSAPのサポート終了だった、という関係です。この後で触れますが、このSAPの期限こそが「崖が先送りされた」ことを象徴しています。
結論、「2025年の崖」はどうなったのか
結論からお伝えすると、2025年を境に日本経済が音を立てて崩れ落ちるような「派手な崖」は起きませんでした。多くの人がイメージしていた、ある日突然システムが止まって社会が混乱するという事態にはなっていません。
では警告は外れたのかというと、そうとも言い切れないのが実態です。象徴的なデータをいくつか挙げます。
- 最大12兆円とされた経済損失は、その後きちんと検証されることがないまま、半ばスルーされた状態になっています。そもそもこの12兆円という数字自体、当時のレガシー維持コストが将来3倍に膨らむという試算をもとにした概算で、確たる根拠があったわけではないと指摘されています
- 国が旗を振るDX認定制度で認定を受けた企業は、2025年5月時点でおよそ1,448社(大企業732社、中小企業716社)にとどまります。これは国内の全法人から見れば1%にも満たない水準です
- DXに取り組んだ企業でも、日本では「コスト削減」に成果が偏りがちで、売上増や新しい価値創出まで到達した企業は、米国やドイツと比べて見劣りするという評価もあります
整理すると、「崖から落ちて即死」ではなく、「進んだ企業と止まったままの企業の差が、取り返しのつかないほど広がった」という、じわじわとした二極化が進んだ、というのが2026年時点の現実に近いと考えられます。崖は一度に崩れたのではなく、斜面の下り方に差がついた、という表現がしっくりきます。
エンジニア視点で見た「実際に起きたこと」
経済全体で見れば派手な崩落はなかったものの、現場の目線で見ると、崖の警告が指していた問題は確実に顔を出しています。ここが、俯瞰のニュースだけでは見えにくいところです。
SAPの期限は2025年から2027年、そして2030年へ先送りされた
崖の代表格だったSAP ERP(ECC 6.0)の標準保守は、当初2025年末で終了する予定でした。これが「SAP2025年問題」として企業を身構えさせた最大の要因です。ところが実際には標準保守が2年延長され、終了は2027年末となりました。いまは「SAP2027年問題」と呼ばれています。
さらに、追加費用(保守料に2%上乗せ)を払えば、延長保守を2030年末まで受けられます。2031年以降の継続についても検討の言及はあるものの、現時点で正式に保証されたものではありません。
ここに崖の本質が表れています。期限が来たから一斉に刷新したのではなく、「サポート期限そのものが後ろへずれた」。崖は消えたのではなく、2027年、2030年へと移動しただけです。エンジニアの肌感覚としては、問題を解決したというより、支払いの延滞を繰り返している感覚に近いものがあります。
移行そのものが事故る、という新しいリスク
皮肉なことに、崖を回避しようとレガシーからの刷新に踏み切ったことで、かえって大きなトラブルになった事例も生まれました。象徴的なのが、2024年に起きた江崎グリコの基幹システム障害です。
同社はSAPの新システム(S/4HANA)へ切り替えた直後にトラブルが発生し、冷蔵品を中心に出荷停止に追い込まれました。停止は1か月以上にわたり、店頭から主力商品が消える事態になりました。後の報道では、システム刷新プロジェクトは稼働が1年以上遅れ、投資額は当初計画のおよそ1.6倍となる342億円に膨らんだと伝えられています。
この事例が示したのは、「崖を回避する移行作業そのものが、事業を止めかねない高リスクの大工事である」という現実です。レガシーを放置すればじわじわ沈み、刷新に動けば一時的に事故る可能性がある。どちらに転んでも痛みを伴う、というのが崖の厄介さだと感じます。
保守運用が予算の大半を食う構造は、あまり変わっていない
DXレポートが最も問題視したのは、IT予算と人材が既存システムの維持に吸い取られ、前向きな投資に回らないという構造でした。この点は、2026年になっても劇的には改善していません。現場によっては、日々の保守や運用にIT予算の8割近くを持っていかれ、AIや新サービスといった攻めの投資に手が回らない状況が続いています。
システム同士の連携ができず、データの抽出や突き合わせに手作業が残っている。長年の継ぎ足し改修で全体像を把握できる人がいない。こうした「技術的負債」の症状は、崖という言葉が流行る前からあり、いまも多くの組織に残っています。
人材不足はむしろ深刻化している
崖の前提にあった人材問題は、解消どころか悪化の方向に進んでいます。経済産業省の試算では、2030年にはIT人材が最大で約79万人不足するとされています。レガシーを支えてきたベテランの引退は止められず、一方で新しい技術を担う人材の供給も追いついていません。
現場では、古いシステムを触れる人が減り続け、仕様が属人化したまま残る。新しい人はモダンな環境で働きたいので、レガシー保守の担い手がさらに細る。この悪循環が、崖の斜面を少しずつ急にしている、というのが実感です。
なぜ「派手な崖」にならなかったのか(所感)
ここからは、現場に関わる立場としての所感です。崖の警告がこれだけ騒がれたのに、なぜ2025年に一気に崩れなかったのか。理由はいくつか考えられます。
第一に、クラウドやSaaSの普及が、延命の受け皿になった面があります。基幹を一気に作り替えなくても、周辺の業務から順にクラウドへ逃がすことで、当座をしのいだ企業は少なくありません。崖を正面から越えたのではなく、脇道で迂回したイメージです。
第二に、前述のとおりサポート期限そのものが後ろへずれたことです。期限が延びれば、企業の多くは行動も先送りします。人は締め切りが動くと、それに合わせて動きも遅らせるものです。
第三に、そして最も重要だと感じるのは、崖が「全員が同時に落ちるもの」ではなかったことです。実際に起きたのは、早く手を打った企業と、様子見を続けた企業の差が、静かに、しかし決定的に開いていくという二極化でした。崩落のような分かりやすい瞬間がないぶん、危機感が持続しにくく、気づいたときには差が埋まらないところまで来ている。これが「派手な崖にならなかった」ことの裏側にある、本当に怖い部分だと考えています。
加えて、いまはそのレガシー問題の上に、生成AIという新しい波が重なっています。データが整理されずレガシーに閉じ込められたままの企業は、AIを使おうにも学習させるデータを取り出せません。崖を越えられなかったことが、次のAI活用の出遅れに直結する。崖は2025年で終わる話ではなく、形を変えて続いていくテーマになったと見るのが妥当でしょう。
2026年以降、企業や現場がやるべきこと
振り返りだけで終わらせず、いま何をすべきかも整理しておきます。崖の期限が2027年、2030年へとずれたいまは、焦って大工事に走るより、順序立てて足場を固めるほうが現実的です。
- まず現状を棚卸しする。どのシステムが、どの技術で動き、誰が保守できるのか。サポート期限はいつか。この地図がないまま刷新を語っても、グリコの事例のように足をすくわれます
- 一気に全替えしない。影響範囲の小さい業務から段階的に移行し、止まっても事業が致命傷を負わない単位に切り分ける。ビッグバン移行の怖さは、2024年の事例が示したとおりです
- データを外に出せる形にしておく。将来のAI活用を見据えるなら、データがレガシーに閉じ込められていない状態をつくることが先決です
- 人材は「採る」だけでなく「残す・育てる」で考える。79万人不足が現実味を帯びるなか、外部調達だけに頼る戦略は成り立ちにくくなっています
年表で見ると、崖は一度きりのイベントではなく、連続した期限の集まりだと分かります。
| 時期 | 何が起きた・起きる |
|---|---|
| 2018年 | 経産省がDXレポートを公表、「2025年の崖」を警告 |
| 2024年 | 刷新に動いた企業で大規模な移行トラブルが表面化(出荷停止事例など) |
| 2025年 | 「崖」の節目を通過。派手な崩落はなく、企業間の二極化が進行 |
| 2027年 | SAP ERP(ECC)の標準保守が終了予定(2027年問題) |
| 2030年 | SAPの延長保守が終了予定。IT人材が最大約79万人不足する見込み |
よくある質問
2025年の崖は結局どうなったのですか
経済が一斉に崩れるような事態は起きませんでした。ただし、警告が指していたレガシーシステムや人材の問題は解消されておらず、取り組んだ企業と放置した企業の差が大きく開く形で進行しています。崖はなくなったのではなく、二極化と期限の先送りという形に姿を変えました。
年間12兆円の経済損失は本当に起きたのですか
検証されないまま、ほぼ言及されなくなったというのが実情です。この数字自体、当時の維持コストが将来大きく膨らむという概算をもとにした見立てで、厳密な根拠があったわけではないと指摘されています。
崖は終わったのだから、もう対策しなくてよいのですか
そうとは言えません。SAPの保守終了が2027年と2030年に控え、人材不足は2030年に向けて深刻化します。さらに生成AIの活用でもレガシー問題が足かせになります。期限が後ろへずれただけで、やるべきことは残っています。
まとめ
「2025年の崖」は、崖から落ちて終わる話ではありませんでした。実際に起きたのは、サポート期限の先送り、移行そのものの事故、保守に追われ続ける構造、そして進んだ企業と止まった企業の静かな二極化です。派手な崩落がなかったぶん危機感は薄れましたが、問題そのものは2027年、2030年、そしてAI時代へと形を変えて続いています。
崖という言葉が役目を終えたいまだからこそ、過去の警告を一度冷静に振り返り、自分たちの足元がどの斜面に立っているのかを確かめておくことには意味があると考えます。落ちなかったのは安全だったからではなく、たまたま崩落という形を取らなかっただけ、という見方を忘れないでおきたいところです。
参考:レガシーシステムは作り直すべきか|改修で延ばせる限界と、リプレースに踏み切る判断基準【2026年】(株式会社エンライト)

